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朝日新聞(夕刊)2009年2月2日
「石器誕生」再現なるか
アフリカで野生チンパンジー実験
石を道具、偶然の産物?

 石を「道具」に種を割る行動で知られる野生チンパンジーに、200万年ほど前の人類の祖先が石器の材料にしていたと見られる原石を与えたら、石器づくりをするだろうか。京都大学霊長類研究所(愛知県犬山市)と英国・ケンブリッジ大の研究者らが、アフリカのギニアで、こんな実験を進めている。人類の祖先の石器作りの過程を過程を解き明かすヒントがつかめるかもしれないと、夢は広がる。
京大霊長研と英国チーム

 チンパンジーのジェジェ(11歳)が、灰色の直径10センチほどの石を左手に持ち、台石の上に置いたアブラヤシの種にたたきつける。殻を割り中身を食べるためだ。
 衝撃で平らな台石が割れると、気付いたジェジェはなんだろうとのぞき込む。再びアブラヤシの種を置こうとするが、割れた台石の上にはうまく置けない。何度か繰り返すうちにあきらめたのか、とうとう水を飲みに立ち去った。
 ジェジェが残した後を確認すると、台石は真っ二つに割れていた。ハンマーとして使われていたのは、ケニアの遺跡群から持ってきた玄武岩の石で、割れた台石はもとからある堆積岩だ。
 「ジェジェにあと一歩のひらめきがあれば、新たな石器が生まれる生まれる瞬間になるかもしれない」。観察していた京大霊長類研究所長の松沢哲朗教授は、こう話す。
 ジェジェがいる野生チンパンジーの群れ(現在13匹)は、ギニアの東部のボッソウ村に近いバン山(標高約700メートル)で暮らす。石を道具にアブラヤシなどの種を割って食べることで知られている。
 実験は、06年から同研究所の調査に加わっているケンブリッジ大の大学院生で考古学を専攻するスザーナ・カルバーリョさんらが松沢教授に持ちかけ、霊長類学と考古学のコラボとして実現した。
 せっかくなら人類の祖先である化石人類が石器などと共に見つかった場所にある原石で試してみようと、松沢教授とカルバーリョさんは昨夏、ケニアを訪問。200万年前ごろの人類の祖先の化石や当時使われていたと見られる石器が数多く見つかっているトゥルカナ湖畔東岸にある遺跡群の一つ、コービ・フォーラで、重さ1キロほどの石10個を選び、航空便で運び込んだ。
 この石を判別がつくよう印を付けた上で、昨年11月から実験を開始した。
 松沢教授によると、バン山での観察で、ジェジェのような行動----種を割っていたら偶然、台石が割れた----ケースが数例みられたという。
 考古学では、人類の石器づくりも最も初期の段階のものであるオルドワン型石器は、当時の人類が硬い石などで別の石に力を加えた際にできたものと考えられている。
 「今回観察されたチンパンジーのケースに近く、石器の誕生は偶然によるものだったのではないか」と松沢教授は推測する。
 さらに、松沢教授は、チンパンジーたちがコービ・フォーラ産の石を「好んで使うことが多い」ことに注目する。これまでの約30回の観察では、チンパンジーたちは必ずこの石を使った。「硬く、手に持った形も重さも適当なのではないか」と分析する。
 松沢教授は「人類の祖先も、使いやすい石を使っているうちに、偶然に石器づくりにたどりついたのかもしれない。チンパンジーの石の選び方や行動を見ていると、石器づくりが『再現』される可能性を感じる」と話す。
 研究チームは、2月上旬まで現地で実験観察を続ける。

京大霊長類研究所がアフリカ・ギニアで行っている野生チンパンジーの現地調査に、昨年12月から今年1月にかけて、朝日新聞名古屋本社の藤浦大輔記者と竹谷俊之カメラマンが同行取材した。
キーワード
ボッソウと京大霊長類研究所

1976年、同研究所の杉山幸丸さん(後の所長、現在名誉教授)が、ギニア政府や地元の協力を得て、ボッソウ村周辺で野生のチンパンジーの本格的な観察調査を始めた。86年から松沢哲朗教授(現所長)が研究・調査に加わり、30年を超える調査が続いている。