「緑の回廊」に挑む(topへ)
朝日新聞2007年10月8日
ヒトとチンパンジーの差研究
こころの発達
波 京都大学霊長類研究所助教 林 美里さん(上)

 ヒトはなぜヒトになったのか。
この究極の問いに進化の視点から近づくのが霊長類学で、ヒトの子どもが大人になる過程から近づくのが発達科学といえる。
 最近、この二つを組み合わせた研究がはじまった。ヒトに最も近縁なチンパンジーの子どもの発達を、ヒトの発達と比べることで、両種の相違点が際だつのではないか。チンパンジーとヒトの赤ちゃんは見かけの違いこそあれ、よく似ている。寝返りもできない無力な状態でうまれ、徐々に身体能力がのび、知的にも発達してくる。この知的な「こころ」の能力の発達を比べたい。
 チンパンジーには話しことばがないので、ことばを介さない比較の尺度として、物を使って発達をはかる方法が有効だ。同じ物を渡して、それをどう扱うかを調べる。チンパンジーやヒトに物を渡すと、何かの目的のために物を「道具」として使うことがある。だが、ニホンザルに物を渡しても、かじったりするだけで道具として使おうとしない。
 物と物を組み合わせたり、物を道具として使ったりするには、器用な手に加えてそれを可能にする知的な能力の発達が必要だ。物の扱い方の発達を調べると、物と物を組み合わせて扱う能力は、チンパンジーでもヒトと同じように1歳前後からみられることがわかった。
 しかし、その後の発達過程に違いもある。ヒトでは物を穴に「入れる」のと積み木を「つむ」という組み合わせ方が、ともに1歳をすぎるとみられる。ところがチンパンジーの場合、「入れる」のはヒトと同じ時期からはじめるのに、「つむ」のは早くて2歳7ヶ月でヒトに比べて大きく遅れていた。
 確かに、野生チンパンジーの暮らしを考えると、何かをつんで得をする場面がない。一方、ヒトはうまくつめれば大人がほめてくれたりして、生存上の得にならなくても多様な行動がでてくるようになる。ヒトの子どもはヒトに育てられることで、ヒトらしく成長するのかも知れない。

はやし・みさと
79年、石川県生まれ。02年、京都大学教育学部卒。06年、京都大学院理学研究科博士後期課程退学、07年、博士(理学)。06年10月から京都大学霊長類研究所比較認知発達(ベネッセコーポレーション)研究部門助教。