木を植えた男たちがもたらした感動
 
 フランス・プロヴァンスの田園に暮らした作家ジャン・ジオノの作品に「樹を植えた男」という小説があります。この作品は、カナダの有名な映像作家フレデリック・バックがすばらしいアニメーション映画に表現しており、日本版ビデオも発売されています。
 舞台はフランスの山岳地帯、強い風のため土地が砂漠化し、井戸も枯れ、住民から見捨てられて荒廃していくある村がありました。ある日、そこを通りかかった若者が、その村に一人残り、黙々と木を植えつづけている老人と出会います。
 若者は、まだ若いのに、人生に疲れ、生きる目的を見失っていました。そんな中で出会った、この木を植える男の姿に、若者は感動したのでした。いつ実現するか分からない、恐らくは生きているうちに成果を見ることはないであろう目的のために残された一生を黙々と捧げているその姿に…。
 それから何十年か経って、中年の紳士となった、そのときの若者は、ふたたびこの土地を訪れました。すると、かつては荒涼たる荒地だった土地は、今は青々とした樹木が茂る森林地帯になっていたのです。あの老人は、いまはこの世にいない。しかし、樹林の中には生き生きとした動物の姿があり、帰ってきた人々の笑い声が響いている…。
 近代日本最大の思想家の一人、内村鑑三の講話に「デンマルク国の話」があります。岩波文庫「後世への最大遺物・デンマルク国の話」に収められている短い話です。
 1864年、ドイツ、オーストリアと戦って敗れたデンマークは、南部の最も豊かな州、シュレスヴィッヒとホルシュタインを割譲しなければなりませんでした。こうして、国は小さく、国民は少なく、残った土地は荒廃しているという状態に落とし込まれたのです。
 ここにダルガスという名の一人の工兵士官がありました。土木学者・地質学者・植物学者でもあった彼は、残された国土の3分の1を占める荒野を緑野にしようという夢を抱いてこの企てに着手しました。溝をうがいて水を注ぎ、ヒースを駆逐してジャガイモと牧草を植える。ここまではさほど難しいことではありませんでした。問題は木を植えることでした。
 自然の裸地ではなく人間の無謀と怠慢によって裸地となった土地を回復するのは、至難の業だったのです。そうしたユトランドの荒れ地でも生育できる木を探して実験研究を重ねたダルガスは、ついにノルウェー産の樅の木を見出します。しかし、これも育ちはするのですが、数年すると枯れてしまいます。これにもめげず研究を続けたダルガスは、ノルウェー産の樅の間にアルプス産の小樅を植えることを思いつきます。すると「奇なるかな、両種の樅は相ならんで成長し、年を経るも枯れなかったのであります」。
 しかし、問題はこれに終わりませんでした。こうして生育した樅も、ある程度になると成長を止めてしまったのです。この問題を解決したのは、ダルガスの志を継いだ長男でした。若きダルガスは、それまで大樅の成長を助けていた小樅を、ある期間の後に取り除いてしまえば、大樅は成長を続けることを見出したのです。
 こうして、父子二代にわたる持続する情熱によって、かつての荒野ユトランドは各地に鬱蒼たる樅の林を見るに至ったのです…。キリスト者であった内村は、この営みの教訓の一つに「天然の無限の生産力」を挙げ、今ひとつの教訓として、カルヴァン派のキリスト者であったダルガスの「信仰の実力」を挙げています。

会社理念
  ハイトカルチャ宣言〜われわれがめざすもの〜
    植物栽培の革命を推進し、新たな植物文化を創造します
    我が亡き後に緑よ繁れ
    意義を求める企業運営を進めます
    信頼と公開を貫くベンチャービジネスをつくりあげます

  ハイトカルチャ株式会社がめざすもの
    新たな植物文化の創生
    ハイトカルチャ・コントロールのコンセプト
    ルートシステム・コントロール
    マイクロクライメイト・コントロール

  「木を植える者」の持続的情熱
    木を植えた男たちがもたらした感動
    我が亡き後に緑よ繁れ

  意義を求め情熱を生かす企業に
    利潤より意義を
    研究者の意欲を生かせる運営
    相互信頼による開かれたネットワークに